大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)76号 判決 27458年 11月 21日

大阪府豊中市服部南町4丁目3番37号

原告

株式会社広島組

同代表者代表取締役

亀竹英男

同訴訟代理人弁理士

高木義輝

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

秋吉達夫

井上元広

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第20783号事件について平成6年2月3日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「基礎杭のチャッキングキャップ」とする発明(以下「本件発明」という。)についての特許第1078926号(昭和52年12月2日出願、昭和56年2月12日出願公告、同年12月25日設定登録。以下この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

訴外三谷セキサン株式会社は、昭和59年4月18日、本件特許について無効審判を請求し、特許庁は、この請求を昭和59年審判第7665号事件として審理した結果、昭和60年7月9日、上記審判請求は成り立たない、とする審決(以下「別件審決」という。)をしたが、昭和61年12月24日東京高等裁判所において同審決を取消す、との判決があり、同判決は昭和63年10月28日最高裁判所の上告棄却の判決により確定した。

そこで、原告は、昭和63年11月26日、本件特許の明細書の訂正を内容とする訂正審判を請求し(以下、この訂正を「本件訂正」という。)、昭和63年審判第20783号事件として審理された結果、平成6年2月3日「本件審判の請求は、成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)がなされ、その謄本は同年3月14日原告に送達された。

2  本件訂正明細書記載の特許請求の範囲

攪拌により破砕された土砂内に円筒状の既製コンクリートパイルあるいは鋼管を把持して回転させながら下降させる基礎杭のチャッキングキャップにおいて、基礎杭上端外周面に突設させた突出片を案内する軸方向の案内溝と回転するとき係合し且つ吊り下げ用の円周方向の係合溝とをキャップ側壁に案内溝の上端と係合溝の一端とを連ねて設け、さらに空気抜き窓孔を係合溝の上方でキャップ側壁上部に開口したことを特徴とするチャッキングキャップ(以下、上記の特許請求の範囲に記載された発明を「訂正発明」という。)。

(別紙図面1参照)

3  本件審決の理由の要点

(1)  訂正発明の特許請求の範囲は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本件訂正拒絶理由の概要は、訂正発明は本出願前日本国内において頒布された昭和49年実用新案登録願第13051号(昭和50年実用新案出願公開第104404号公報)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和50年8月28日特許庁発行、以下「引用例1」という。別紙図面2参照)、及び「遠心力コンクリートくい くい打ち施工の手引き(改訂版)1975年」(コンクリートボール・パイル協会昭和50年9月30日発行、以下「引用例2」という。)並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により本出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正審判の請求は同法126条3項の規定に適合しない、というものである。

(3)  引用例1には、「支持塔1に沿って昇降自在と成した駆動機構4と、該機構4によって回転されるキャップ状の杭保持具7とから成り、該保持具7は内部に回転伝達用の滑り止め板9を有し、杭10の上端部に外嵌合せしめることによって杭10を摩擦回転せしめると共にこれを保持し、もって杭10を支持塔1に沿って下降せしめて竪穴内に導入するように構成したことを特徴とする基礎杭の導入装置。」(実用新案登録請求の範囲)の記載、及び「従来、基礎杭の建込みを行なうには、先ずアースオーガーにて竪穴を掘削し、この竪穴内にベントナイト単独あるいはベントナイトとセメントとを混合した所謂コンクリートミルクを注入して竪穴を確保した後、これに既製の基礎杭を導入している。」(1頁16行ないし2頁1行)の記載があり、また第1図及び第3図には基礎杭の導入装置により竪穴内に導入される基礎杭として、先端が閉塞した杭が図示されている。

前記記載によれば、引用例1には、支持塔に沿って昇降自在となした駆動機構によって回転されるキャップ状の杭保持具において、内部に回転伝達用の滑り止め板を有し先端の閉塞した杭からなる基礎杭の上端部に外嵌合せしめることによって基礎杭を摩擦回転せしめると共にこれを保持し、もって基礎杭を下降せしめて、予め掘削しコンクリートミルクを注入した竪穴内に導入させるキャップ状の杭保持具の考案が記載されている。

また、引用例2には、くい打ち込み作業を行うにっき、「くい中空部に土、砂、水等が入り内圧が加はるためパッキン材やキャップに穴をあけて内圧がかからないようにするなど防止方法を考慮しなければならない。」(58頁下から6行ないし4行)、「くい打ち中に土が中空部に上ってくることにより中空部の空気が圧縮されるので、これを防止ためには空気が外部に抜ける装置を取り付けなければならない。」(61頁下から12行ないし9行)と記載され、中空杭を杭穴中に導入する場合、中空杭の内圧を降下させる空気抜き孔をキャップに設けることが示唆されている。

(4)  そこで、訂正発明と引用例1記載の考案とを対比すると、引用例1記載の考案の「キャップ状の杭保持具」は、訂正発明の「チャッキングキャップ」に実質的に相当するものと認められるから、両者は、掘削された杭穴内に基礎杭を把持して回転させながら導入する基礎杭のチャッキングキャップである点でその構成が一致し、次の点で相違する。

〈1〉 基礎杭を導入すべく掘削された杭穴は、訂正発明では「攪拌により破砕された土砂内」に相当するのに対し、引用例1記載の発明では「コンクリートミルクを注入した竪穴」に相当する点。

〈2〉 基礎杭が、訂正発明では円筒状の既製コンクリートパイルあるいは鋼管であるのに対し、引用例1記載の考案では先端の閉塞した杭である点。

〈3〉 チャッキングキャップと基礎杭との嵌合構造が、訂正発明では基礎杭上端外周面に突設させた突出片を案内する軸方向の案内溝と回転するとき係合しかつ吊り下げ用の円周方向の係合溝とをキャップ側壁に案内溝の上端と係合溝の一端とを連ねて設けたものであるのに対し、引用例1記載の発明ではキャップ内部に滑り止め板を設けたものである点。

〈4〉 訂正発明では空気抜き窓孔を係合溝の上方でキャップ側壁上部に開口してあるのに対し、引用例1記載の考案では空気抜き窓孔がない点。

(5)  そこで、前記相違点について検討する。

相違点〈1〉について

本件訂正明細書(以下「訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明中の攪拌により破砕された土砂内に訂正発明のチャッキングキャップを用いて基礎杭に立設する工法の概要を説明する部分に、オーガロッドにより杭立設予定箇所の土砂を攪拌破砕し、この杭穴内に基礎杭を回転させながら導入する例とともに、攪拌鋼管ロッドにより土砂を攪拌破砕し、注入液及びセメントグラウトを導入する例が記載されており(訂正明細書2頁15行ないし3頁14行)、この記載によれば、訂正明細書の特許請求の範囲の「攪拌により破砕された土砂内に」との記載は、引用例1記載の考案におけるコンクリートミルクを注入して竪穴を確保した後、これに既製の基礎杭を導入する従来工法を当然に含むものと認められるから、相違点〈1〉は両発明の実質的な差異とはならないことと認められる。

相違点〈2〉について

訂正明細書の発明の詳細な説明中の「この発明を第9図および第10図に示す一実施例に基づいて詳細に説明する。基礎杭14は図示では中空状のものを示すが、なかには中実のものもあり、そして既製コンクリートパイルあるいは鋼管がある。」(4頁20行ないし5頁4行)の記載によれば、訂正発明のチャッキングキャップは円筒状の基礎杭のみならず先端の閉塞した中実の基礎杭に用いることも予定していることが明らかであるから、相違点〈2〉も両発明の実質的な差異とはならないことと認められる。

相違点〈3〉について

一方の管体の先端外周面に突設させた突出片を設け、他方の管体に前記突出片を案内する軸方向の案内溝と該案内溝の上端と一端が連なる円周方向の係合溝とを設け、一方の管体をしてその突出片が他方の管体の案内溝に嵌入するように他方の管体に挿入し、突出片が案内溝の奥部に当接するまで進入させ、その後に管体を回転させて突出片を係合溝に嵌入させて両管体を係止する管継手の構成は、本出願当時すでに周知の技術手段である(必要であれば、昭和31年実用新案出願公告第12559号公報(以下「周知例1」という。)、昭和32年実用新案出願公告第9170号公報(以下「周知例2」という。)、昭和40年実用新案出願公告第10231号公報(以下「周知例3」という。)、昭和40年実用新案出願公告第20602号公報(以下「周知例4」という。)、昭和44年実用新案出願公告第19244号公報(以下「周知例5」という。)等参照)。そして、この管継手を用いれば、簡単な構成及び操作で管体の確実な接合ができ、管体を挿入時と逆回転させて引き抜くという簡単な操作により管体を離脱させることができることは、前記の構成からみて明らかである。

してみれば、引用例1に杭を保持しこれに回転を伝達するため内部に滑り止め板を有し杭の外端部に外嵌合させるキャップ状の杭保持具が記載されている以上、管体である基礎杭、すなわち訂正発明の円筒状の既製コンクリートパイル又は鋼管を保持しこれに回転を伝達させるために、引用例1に記載されたキャップ状の杭保持具において、滑り止め板による摩擦係合に代えて、前記周知の管継手の構成を採用して訂正発明と同じ基礎杭との嵌合構成を得ることは、当業者が容易になし得た程度のことと認められる。

相違点〈4〉について

中空杭を杭穴中に導入する場合、中空杭の内圧を降下させる空気抜き窓孔をキャップに設けることは、前記のように引用例2に示唆する記載があり、しかもキャップに空気抜き窓孔を設ける場合に空気抜き窓孔をキャップのどの部位にどのように設けるかは、キャップに案内溝及び係合溝を設けることとの位置関孫並びにキャップ自体の強度保持等を勘案して適宜決定すべき設計的事項と認められるから、引用例1に記載されたキャップ状の杭保持具において、空気抜き窓孔を係合溝の上方でキャップ側壁上部に開口して設けて訂正発明と同じ構成の空気抜き窓孔設置構成を得ることは、当業者であれば、容易になし得たことと認める。

(6)  そして、訂正発明は、全体としてみても引用例1記載の発明及び引用例2記載の技術並びに周知技術から予測される以上の効果を奏するものとは認められない。

(7)  以上のとおりであるから、訂正発明は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の技術並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、訂正発明は、本出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件審判の請求は同法126条3項の規定に適合しない。

4  本件審決の取消事由

引用例1及び2に審決認定の技術的事項が記載されていること、訂年発明と引用例1記載の考案との一致点及び相違点の認定並びに相違点〈1〉〈2〉〈4〉についての本件審決の判断は認めるが、本件審決は、基礎杭のチャッキングキャップの技術水準の把握を誤り、周知技術の技術内容を誤認した結果相違点〈3〉についての判断を誤り、かつ訂正発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  本件審決は、訂正発明と引用例1記載の考案との相違点〈3〉について、引用例1に記載されたキャップ状の杭保持具において、滑り止め板による摩擦係合に代えて、前記周知の管継手の構成を採用して訂正発明と同じ基礎杭との嵌合構成を得ることは、当業者が容易になし得た程度のことと判断しているが、この判断は次に述べる理由により誤りである。

(a) 引用例1記載の考案には、次のような欠点がある。

〈a〉 滑り止め板による摩擦係合により回転下降力を付与しようとしているので、摩擦力が大きくなると滑り止め板と基礎杭の上端との係合が外れ、基礎杭を確実に下降させることができない。

〈b〉 摩擦係合であるため、基礎杭を垂直に下降させることは不可能である。

〈c〉 係合溝がないので、逆回転して吊り上げるだけで、杭保持具を基礎杭から離脱させることはできない。

〈d〉 空気抜き窓孔が存在しないので、杭保持具内の内圧が上昇して基礎杭の破壊のおそれがある。

上記のような種々の欠点を備えた杭保持具が本出願当時の技術水準であり、訂正発明は、このような欠点を改良した発明であるのに、本件審決は、基礎杭のチャッキングキャップの技術水準の把握を誤まって判断している。

(b) 本件審決は、相違点〈3〉の判断に当たって周知技術を引用しているが、これらの周知技術はいずれも相違点〈3〉に係る訂正発明の構成と関連するものではない。

すなわち、周知例1記載の発明は、管1・2に連接管5を内嵌め連結するもので、連結管5の両端に設けた切込溝6・7に管1・2の内面に設けた突起8・9を導入してなる坑道で用いる管継手の構造である。

周知例2記載の発明は、雌接手1の内面に突出せしめたピン3を雄接手6の端部のL形溝7に嵌合させてなる電気掃除機に用いる着脱自在な管接手の構造である。

周知例3記載の発明は、陶磁製管1の接続端部の外周面に端部に達するまで鉤型の凹部3を形成し、内周に小突起7を有する接続管6を陶磁製管1の外周に嵌合して前記凹部3に小突起7を挿入し、前記接続管6に押圧環9を螺合して金属管2の鍔部10の裏面を陶磁製管1に係合せしめてなる陶磁製管と金属管との管継手である。

周知例4記載の発明は、端縁に開口した垂直切欠部1aと水平切欠部1bとよりなるL型切欠部1を有する接手管2を固着した管体Aと、外周面に突片3を突設してなる他方の管体Bとよりなり、管体Bをしてその突片3をL型切欠部1に嵌入させ、突片3をL型切欠部1の水平切欠部1bに圧入せしめ、垂直切欠部1aに楔片4を楔入した管体の接合装置である。

周知例5記載の発明は、L字状の溝4を有する円筒2に、ピン3を植込んだ円筒1を溝4にピン3を嵌めて内嵌めし、円筒2の内面及び円筒1の先端に永久ゴム磁石6・5を介在させて振動等で外れることがない継手である。

このように、周知例1ないし5記載の発明は、管体の連結にL字状の溝と、溝と嵌合するピンが開示されたものにすぎず、訂正発明における、基礎杭に回転力を与えたり、基礎杭の垂直性を保持したり、逆回転させて基礎杭の離脱をしたり、また、窓孔を設けて基礎杭の内圧上昇を防止したりするのと何ら関連を有しない。

(c) また、訂正発明と構成が非常に近似する次の公報記載のチャッキングキャップについて、特許庁は考案の進歩性を認めて出願公告している。

〈a〉 平成6年実用新案出願公告第1629号公報

〈b〉 昭和60年実用新案出願公告第32205号公報

〈c〉 昭和61年実用新案出願公告第3956号公報

〈d〉 昭和62年実用新案出願公告第19706号公報

〈e〉 平成2年実用新案出願公告第6110号公報

〈f〉 平成2年実用新案出願公告第6113号公報

〈g〉 平成4年実用新案出願公告第4029号公報

これらの出願公告公報記載の考案は、いずれも訂正発明の改良を目的とし、その要部を備えているものであり、これらの考案に進歩性を認めたのであれば、当然訂正発明にも進歩性を認めるべきである。

(2)  訂正発明は、次のような作用効果を奏する。

〈a〉 基礎杭に対する簡単かつ確実な回転降下力の付与が可能である。

〈b〉 基礎杭の垂直性保持が可能である。

〈c〉 逆回転して吊り上げるだけで、チャッキングキャップを基礎杭から離脱させ得る。

〈d〉 空気抜き窓孔により、内圧上昇による基礎杭の破壊防止をなし得る。

これらの作用効果は、前記周知例1ないし5記載の発明の奏し得ない作用効果であり、本件審決は訂正発明の奏する顕著な作用効果を看過している。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。本件審決の認定判断は正当である。

(1)  引用例1記載の考案は、杭を保持し、これに回転を伝達するため内部に滑り止め板を有し杭の外端部に外嵌合させるキャップ状の杭保持具である。また、周知例1ないし5には、本件審決認定のとおり、一方の管体の先端外周面に突設させた突出片を設け、他方の管体に前記突出片を案内する軸方向の案内溝と該案内溝の上端と一端が連なる円周方向の係合溝とを設け、一方の管体をしてその突出片が他方の管体の案内溝に嵌入するように他方の管体に挿入し、突出片が案内溝の奥部に当接するまで進入させ、その後に管体を回転させて突出片を係合溝に嵌入させて両管体を係止する管継手の構成が記載されており、この管継手を用いれば、簡単な構成及び操作で管体の確実な接合ができ、管体を挿入時と逆回転させて引き抜くという簡単な操作により管体を離脱させることができることは明らかである。

したがって、引用例1に記載されたキャップ状の杭保持具において、滑り止め板による摩擦係合に代えて、前記周知の管継手の構成を採用して訂正発明と同じ基礎杭との嵌合構成を得ることは、当業者が容易になし得た程度のことであり、原告が引用例1記載の考案では得られない、と主張する訂正発明の作用効果は、引用例1及び2記載の発明及び周知技術から予測できた程度のものにすぎない。

原告は、訂正発明と構成が非常に近似するチャッキングキャップについて、特許庁は考案の進歩性を認めて出願公告している旨主張するが、いわゆる進歩性の判断は、発明毎に個別にされるものであり、原告主張の考案が出願公告されていることは訂正発明の進歩性の判断と直接関係がない。

(2)  原告が主張する訂正発明の作用効果のうち、〈a〉ないし〈c〉は前記周知技術である管継手の構成をチャッキングキャップに採用したことから当然に生ずる作用効果であり、〈d〉は引用例2記載の技術から予測できた程度のものにすぎない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件訂正明細書の特許請求の範囲)及び同3(本件審決の理由の要点)の事実、並びに引用例1及び2に本件審決認定の技術的事項が記載されていること、訂正発明と引用例1記載の考案との一致点及び相違点の認定並びに相違点〈1〉〈2〉〈4〉についての本件審決の判断は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の本件審決の取消事由について判断する。

1  成立に争いのない甲第6号証によれば、訂正明細書には、訂正発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  訂正発明は、攪拌により破砕された土砂内に既製コンクリートパイルあるいは鋼管を把持して回転させる基礎杭のチャッキングキャップに関する(1頁16行ないし19行)。

基礎杭を回転させながら下降させるという技術的思想は、新規なものであり、この回転を伝達できるチャッキングキャップは、杭を吊り下げて垂直に保持でき、中空杭のとき立設中に中空部の内圧の上昇を防止して杭の破壊を避けるための空気抜き部を有することが求められる。訂正発明は、できるだけ簡単な構成で上記要請を充足させることを目的とする(3頁16行ないし4頁9行)。

(2)  訂正発明は、上記課題を解決するため、特許請求の範囲(1頁5行ないし14行)記載の構成を採用した。

(3)  訂正発明は、基礎杭上端外周面に突設させた突出片を案内する軸方向の案内溝と回転するとき係合する円周方向の係合溝とをキャップ側壁に設けたから、基礎杭に簡単な構成でしかも確実に回転下降力を付与でき、杭の垂直性保持も単に吊り下げるだけで正確であり、杭のチャッキングキャップからの離脱も僅か逆回転して吊り上げるだけで可能であり、さらには、中空杭の内圧を下降させる空気抜き窓孔を設けているので、内圧上昇による杭の破壊を防止できる(6頁19行ないし7頁9行)。

2  相違点〈3〉についての判断の当否

まず、原告は、引用例1記載の考案は取消事由(1)(a)摘示のような種々の欠点を備えており、訂正発明は、このような欠点を改良した発明であるのに、本件審決は、基礎杭のチャッキングキャップの技術水準の把握を誤まって判断している旨主張する。

しかしながら、引用例1記載の考案は、支持塔に沿って昇降自在となした駆動機構によって回転されるキャップ状の杭保持具において、内部に回転伝達用の滑り止め板を有し先端の閉塞した杭からなる基礎杭の上端部に外嵌合せしめることによって基礎杭を摩擦回転せしめると共にこれを保持し、もって基礎杭を下降せしめて、予め掘削しコンクリートミルクを注入した竪穴内に導入させるキャップ状の杭保持具であって(このことは当事者間に争いがない。)、本件審決は、この認定に基づいて訂正発明と引用例1記載の考案の構成を対比し、両発明の相違点〈1〉ないし〈4〉を摘示し、これらの相違点に係る訂正発明の構成を実質的な差異とはならない(同〈1〉及び〈2〉)、あるいは当業者が容易になし得た程度のこと(同〈3〉及び〈4〉)と判断したものであって、原告が引用例1記載の考案の欠点と主張する〈a〉、〈b〉及び〈c〉は、本件審決が相違点〈3〉の判断において周知技術の構成を適用することにより、同〈d〉は、本件審決が相違点〈4〉の判断において引用例2記載の技術を適用することによって、それぞれ改良し得るとした判断に係り(後者の判断は、原告において争っていない。)、結局、原告が主張する前記技術水準の把握の誤りは、本件審決が相違点〈3〉の判断において示した引用例1記載の発明に周知技術の構成を適用して、訂正発明と同一の構成を得られるとした判断の当否に帰着する。

そして、成立に争いのない甲第4号証の1ないし5によれば、本件審決摘示の周知技術(周知例1ないし5記載の発明)は、いずれも実用新案出願公告公報記載の発明であって、それぞれの記載内容に照らし、一方の管体の先端外周面に突設させた突出片を設け、他方の管体に前記突出片を案内する軸方向の案内溝と該案内溝の上端と一端が連なる円周方向の係合溝とを設け、一方の管体をしてその突出片が他方の管体の案内溝に嵌入するように他方の管体に挿入し、突出片が案内溝の奥部に当接するまで進入させ、その後に管体を回転させて突出片を係合溝に嵌入させて両管体を係止する管継手の構成である点において共通する技術である、と認められるから、この構成が、本出願当時すでに周知の技術手段であり、この管継手を用いれば、簡単な構成及び操作で管体の確実な接合ができ、管体を挿入時と逆回転させて引き抜くという簡単な操作により管体を離脱させることができることは、前記の構成からみて明らかであるとした、本件審決の判断に誤りはない(なお、この判断は、東京高等裁判所が別件審決の取消請求事件(当庁昭和60年行ケ第135号)判決において、本訴と同一の争点について示した判断と同一である。前掲甲第6号証の2によれば、本件訂正は、特許請求の範囲中の「吊り下げ用の円周方向の係合溝とをキャップ側壁に」の次に「案内溝の上端と係合溝の一端とを」を加え、かつ「空気抜き窓孔を」の次に「係合溝の上方で」を加えたものであるが、この減縮した構成によっても、前記の判断は何らの影響も受けないことは明らかである。ちなみに、この判決は、最高裁判所第二小法廷昭和63年10月28日言渡しの上告棄却の判決により確定している。以上の事実は、当裁判所に顕著な事実である。)。

この点について、原告は、周知例1ないし5記載の発明は、管体の連結にL字状の溝と、溝と嵌合するピンが開示されたものにすぎず、訂正発明における、基礎杭に回転力を与えたり、基礎杭の垂直性を保持したり、逆回転させて基礎杭の離脱をしたり、また、窓孔を設けて基礎杭の内圧上昇を防止したりすることと何ら関連を有しない旨主張する。

しかしながら、周知例1ないし5記載の発明の技術内容は、前記認定のとおりであり、その技術内容に照らし、訂正発明に係る基礎杭のチャッキングキャップの技術分野に近接し、これと共通の要素を持つ技術に係るものと認められるから、引用例1記載のキャップ状の杭保持具において、円筒状の既製コンクリートパイル又は鋼管を保持しこれに回転を伝達させるために、滑り止め板による摩擦係合に代えて、前記周知の管継手の構成を採用して訂正発明と同じ基礎杭との嵌合構成を得ることは、当業者が容易になし得た程度のことと認められるとした審決の判断に誤りはない。

また、原告は、訂正発明と構成が非常に近似するチャッキングキャップについて、特許庁は考案の進歩性を認めて出願公告しているから、訂正発明の進歩性も認められるべきである旨主張するが、訂正発明の進歩性は、当業者が本件審決引用の公知技術や周知技術に基づいて訂正発明を容易に想到し得たかについて判断されるべきであり、訂正発明とは別個の技術的思想の創作である原告主張の考案が出願公告されていることは訂正発明の進歩性の判断に影響するものではないから、原告の上記主張は理由がない。

したがって、相違点〈3〉についての本件審決の判断に原告主張の誤りは存しない。

3  訂正発明の奏する作用効果について

次に、原告は、本件審決には訂正発明の奏する顕著な作用効果を看過した違法がある旨主張する。

訂正発明が、〈a〉基礎杭に対する簡単かつ確実な回転降下力の付与が可能である、〈b〉基礎杭の垂直性保持が可能である、〈c〉逆回転して吊り上げるだけで、チャッキングキャップを基礎杭から離脱させ得る、〈d〉空気抜き窓孔により、内圧上昇による基礎杭の破壊防止をなし得る等作用効果を奏することは前記1(3)認定のとおりである。

原告は、これらの作用効果は、前記周知例1ないし5記載の発明の奏し得ない作用効果である旨主張するが、原告が主張する訂正発明の作用効果のうち、〈a〉ないし〈c〉は、引用例1記載の発明のキャップ状の杭保持具において、前記周知技術である管継手の構成を採用すれば当然奏する作用効果であり、〈d〉は引用例2記載の技術に基づき空気抜き窓孔を設けることにより当然奏する作用効果にすぎない。

したがって、訂正発明の奏する作用効果は、引用例1記載の発明、引用例2記載の技術及び周知技術から予測される以上の作用効果とは認められない、とした本件審決の判断に原告主の誤りは存しない。

4  以上のとおりであるから、訂正発明は、引用例1記載の考案及び引用例2記載の技術並びに周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、とした本件審決の認定判断は正当であって、本件審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例